1986 (昭和61) 藤田観光株主総会首投げ事件
総会屋との戦い
今から50年前の日本は、年に一度の株主総会を乗り切る為に、一流企業が、総会屋という名の反社会勢力に多額の現金を渡す世の中だった。全国に1万人いた総会屋に、上場企業全体で年間1000億を利益供与していたのである。当時弁護士は1万2000人ほどで、企業からの総収入が1000億円だった。一緒じゃないか。いや一緒じゃない。久保利はこの理不尽な現実に、心底怒りを感じたのだった。
ちょうどその頃商法が改正され、総会屋への利益供与に刑事罰が科せられることになった。久保利は、一括上程・一括審議方式というシステムを作り、長時間続いていた総会を、2時間で終わらせることを考えた。どんな罵詈雑言を浴びせられても、2時間の辛抱とわかっていれば、社長も闘う意思を持ち続けられる。
既得権益を守り抜こうとする総会屋との闘いが始まったのだ。死者が出た。久保利にも執拗な嫌がらせが始まった。
現行犯逮捕!!
1986年3月28日、久保利の担当する藤田観光の株主総会が、東京椿山荘で執り行われていた。
本番終了間近、会場から突然ひとりの男が飛び出してくると、そのまま壇上に飛びあがり、議長(社長)の顔面を殴りつけてきた。私服警官がすぐさま暴漢を追いかけたのだが、総会屋の一味と勘違いされ、会場にいた社員に飛びかかられて横転させられてしまう。
壇上で、議長のすぐ後ろに控えていた久保利の足が動く。暴漢につかみかかると、首投げをして取り押さえた。そして、大きな声で叫んだ。「現行犯逮捕!」 どうにかたどり着いた警察官に犯人を引き渡す。騒然とする議場に「議長、続けてください」と久保利の声が響いた。総会は、そのまま無事終了する。
久保利は中学高校とラグビー部に所属していた。体力には自信がある。しかし、どこに紛れているのかわからない暴漢との闘いには、骨が折れた。ある日、事務所で秘書が声をあげる。久保利の席の後ろの窓に、かすかな凹みができていた。研修中の弁護士が言う「これは銃弾の跡ですね」と。それからはどんな店に入っても、入口に背を向けて座ることはなかった。
藤田観光の株主総会の模様は、ビデオにおさめられていたことから、そのまま警視庁の研修用ビデオになった。